6月15日 定例会にご出席の皆様に
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初折(表)
発句      掌(てのひらに)に受くる初雪奈良の宿・・・・・・・・とよちゅう
脇句            紅白椿つぼみ膨らみ・・・・・・・・・・・・かわせみ
3
        大はなび若草山焼きに先がけて・・・・・・・・・・・・クレチャン
4
            鶯(うぐいす)塚の眠りやいかに・・・・・・・はるか
5
(月)     狼の遠吠えとどくや月にまで・・・・・・・・・・・・・クレチャン
6
            かぐやの髪に霜のおく夜半・・・・・・・・・・かわせみ
初折(裏)
1
         恐ろしきはまだ序の口と庭の草・・・・・・・・・・・・クレチャン
2
            アリの行列 Π 3.141592・・・・・・・・・・とよちゅう
3
        天平の瓦見上げて太極拳・・・・・・・・・・・・・・・クレチャン 
4
            剣きらめく輝れる春日に・・・・・・・・・・・・かわせみ  
5
        葉脈をつたいさえずりこぼれくる・・・・・・・・・・・クレチャン 
6
           ミサイルのごと時とび去りて・・・・・・・・・・・Hilo
7
        陽は落ちて荒田の上に大三角・・・・・・・・・・・・・・トヨチュウ
8
(月)        月いでてより消ゆる星々・・・・・・・・・・・・・かわせみ
9
        明けぬればさざなみ速し苗分けて・・・・・・・・・・・・はるか
10
           志賀の山並みマラソンが行く・・・・・・・・・・とよちゅう
11
(花)    ブランコの足元にみゆ二期桜・・・・・・・・・・・・・・クレチャン
12
(折端)       
燕の雛もつとに巣立ちて・・・・・・・・・・・・かわせみ                                    


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古典&連句六月度オフ会内容について
日時 6月15日(木) 10時から
場所 みやけ 
 
古典の部の中身は、1.前回までの「式部日記」は一旦終了して、中世文学の
白眉である 徒然草 から151--152段を考えております。
なお、やり残しました平安中期の「宮廷闘争」の第二、第三段階については非常に大切ですので引き続き実施いたしたく。
一条天皇亡き後の道長大臣の克服すべき障害は、あと二つありました。
一つは、中宮定子の遺児、敦康親王の処遇と 三条天皇の長子、敦明親王の追い落としです。
この二人を除かなければ道長さんの初孫、敦成親王(後の後一条天皇)の即位はありません。
(とよちゅう)

6月度 古典&連句オフ会の総括について

「休符の多い交響曲」のような今年の梅雨ですがお陰様で爽やかな皐月晴れの続く15日にみやけにてオフ会を開催。ご出席は、当方より、右へ、やまちゃん、Hiloさん、s-k-mさん、クレちゃん、はるかさん、ピギーさん、みるくさんでした。 古典の部は 今回は中世文芸評論の白眉と言われる 徒然草から150--152段を読みました。中身的には、現代人にも「耳が痛く」なるような批判精神にあふれる評論であり、無論、当時の常識は、現代の非常識かも知れませんが十分に我々にとって反省の材料になるでしょう。私自身「老人の冷や水」で知ったかぶりで充満しておりますので一層身につまされます。(紫式部さんが見ておられたらさんざん批判されたでしょう)・・・。
END

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初折(表)
発句      掌(てのひらに)に受くる初雪奈良の宿・・・・・・・・とよちゅう
脇句            
紅白椿つぼみ膨らみ・・・・・・・・・・・・かわせみ
3        大はなび若草山焼きに先がけて・・・・・・・・・・・・クレチャン
4            
鶯(うぐいす)塚の眠りやいかに・・・・・・・はるか
5(月)     狼の遠吠えとどくや月にまで・・・・・・・・・・・・・クレチャン
6            
かぐやの髪に霜のおく夜半・・・・・・・・・・かわせみ
初折(裏)
1         恐ろしきはまだ序の口と庭の草・・・・・・・・・・・・クレチャン
2            アリの行列 Π 3.141592・・・・・・・・・・とよちゅう
3        天平の瓦見上げて太極拳・・・・・・・・・・・・・・・クレチャン 
4            剣きらめく輝れる春日に・・・・・・・・・・・・かわせみ  
5        葉脈をつたいさえずりこぼれくる・・・・・・・・・・・クレチャン 
6
           ミサイルのごと時とび去さりて・・・・・・・・・・Hio
7        
陽は落ちて荒田の上に大三角・・・・・・・・・・・・・・トヨチュウ
8(月)        
月いでてより消ゆる星々・・・・・・・・・・・・・かわせみ
9        
明けぬればさざなみ速し苗分けて・・・・・・・・・・・・はるか
10           
志賀の山並みマラソンが行く・・・・・・・・・・とよちゅう
11(花)
12(折端)

 
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五十日の祝宴も終わりに近づいたころには、かの有名な文人、公任さんが現れて紫式部女史に「このわたりに若紫さんはおられますか?」の有名なセリフ、若紫は式部さんに比して遥かに若い女性ですから式部は「私のこと」とは思わずで狼狽、もし本気なら年増に対する揶揄?とだんまりの一手でした。公任大納言は式部とほぼ同年で42歳のはず(式部さんの確実な年齢は不詳)ですから紫の上などとは年齢差が大きすぎなのに、公任さんはゴマをすったつもりでしょうか。

 やまちゃんより詳しくこの日付の紫式部日記の条について説明がありました。小生の末尾の[]にも書きましたが、源氏(物語)は、あくまでも宮中での読者を対象にしたもの、とりわけ将来の天皇や皇族のために書かれた、いわば帝王学の必修教科書の第一号を目指したもので、道長左大臣が監修したといっても過言ではありません。

「源氏」には豊富な漢籍の作品などから引用がありますが、これも式部さんが男子に伍することなくこっそり勉強してきた成果の一部分です。彰子の漢籍教育も男性ではなく紫式部が担当しました。

 よく言われることに、枕草子の全体を通じて流れるものは「をかし」です。一方、源氏に流れる主題は「もののあはれ」です。草子の場合はよく理解できますが、源氏の、「あはれ」は何をさすのでしょうか。これこそ重要なポイントなのです。たとえば、直前に発生した悲劇として宮中の内外で誰もが知っているのは、中宮定子と一条天皇の恋の道行きです。還俗してまで天皇と結び、愛児の出産と入れ替わりに死んでいった定子への天皇の哀惜の情は計り知れない程であり、将来のことを見越して定子は土葬されることを希望しました。(私は余談として「嵐が丘」のキャサリンのことを話しました。――後年、風変わりな恋人のヒースクリフは自分の死が近いと知るや彼女の棺桶の側板をはずさせて埋葬場所を指定する筋を話しました。)等々。数年たって一条天皇もやがて薨去しましたが当時のしきたりで天皇は北山の御陵に葬られたので二人の合葬はなりませんでした。「源氏」はほかにも、数多い悲劇の挿話が個々の帖のモデルになっているのですが詳細は各自でご確認ください。それが「もののあはれ」の根源のようです。--FIN--
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しじゅうから古典&連句のみなさま:風薫る皐月も 早や半分以上過ぎました。先日のオフ会の出席は、右回りで、ぴぎーさん、やまちゃん、みるくさん、はるかさん、くれちゃん、ヒロさん、skmさん、かささぎさん、&とよちゅうの9名でした。内容としましては、道長左大臣の初孫の皇子である「敦成親王」の50日祝賀パーティのにぎやかなありさまの描写と相当な程度に ハメをはずした右大臣はじめとしたお歴々の行状記でした。当時許されていたのは、女房たちのカラーフルな衣装、特に三枚や五枚重ねの色のコーデについて男性がさわったりして愛でる行為でした。しかしながら、右大臣顕光公(道長のいとこ)は、相当な無礼者で几帳の布をひきちぎってしまいみんなの眉をひそめさせました。
終わりに近づいたころには、かの有名な文人、公任さんが現れて 紫式部女史に 「このわたりに若紫さんはおられますか?」の有名なセリフ、これが源氏物語の成立の「絶対年代」確定に大きく寄与したのでした。若紫は式部さんに比して遥かに若い女性ですから式部さんは私のこととは思わずで狼狽、だんまりの一手でした。(以下省略)
とよちゅう記す

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